この記事は、挑戦を避け中途半端な人生をおくっていた石田が、自分を変えるため、5kmも走ったことのない状態から、半年間でフルマラソンサブ4(4時間未満での完走)を目指すドキュメンタリー記事である。
中学生時代の部活のような必死に打ち込めるものを失い、目標もなく日々を過ごしていたある日、友人からこのままでいいのかと喝を入れられる。
その一言に心を打たれ、僕は新たな挑戦を始めることにした。早速自分が苦手なランニングにチャレンジだ!と張り切っていたが、皇居ラン1周で早くも挫折。さじを投げてしまう。そんな時にたまたま東京マラソンの観戦に誘われ、ランナー達の姿を目の当たりにし熱い思いがこみ上げる。
会場で出会ったランナーの易さんの言葉に背中を押され、今夏の北海道マラソンでのサブ4(4時間を切るタイムでのゴール)達成にチャレンジすることを決意する。5km以上走った経験がない人間の、自分を変える挑戦が始まった。
<主な登場人物>
挑戦者 石田 悠貴(Yuki Ishida)
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本企画の主人公。中学生時代は部活に打ち込んでいたが、最近では目標に向けて努力することを怠っていた。知人に誘われ観戦した東京マラソンでランナー達の姿に感化され、フルマラソンへの挑戦を決意する。 |
易 成(Inari)
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市民ランナー。石田にコーチを依頼され、彼の本気を確かめるために課題を与える。フルマラソンを3時間1分で走る市民ランナー。3ヶ月のランニングで10キロの減量に成功した過去を持つ。 |
<見逃した方へ!前回のマラソンチャレンジはこちら!>
<石田視点で書かれたマラソンチャレンジの第2話はこちら>
東京マラソンの日に出会った石田君にコーチを頼まれ、彼のマラソン挑戦への思いを推し量るべく、1週間で20km走るという課題を用意した。
実を言うと、俺にはコーチの経験が無い。
完璧な指導者としてミスなく石田君を導けるかと問われれば、その可能性は高くない。
それでも、彼に真摯に向き合い全力でサポートすることは保証できる。だから彼には、俺の本気を受け止められるだけの強さがあることを証明してほしい。
俺はあえて1週間後まで石田君と連絡を取らないことにした。課題を達成できたか、直接会って確認する。
さっきも言ったように、俺は人に教えたことは無い。だが、人から教わった経験は数多くある。その経験から気づいたことがある。
教えを請うにあたって重要になるのが誠実さだ。師の教えを素直に受け取り実践する弟子であるためには、この要素は欠かせない。
ごまかさず、正直な行動をとる人間が成長する。
仮に石田君が、課題を達成できなかったにもかかわらず「達成しました!」と俺に報告しても、彼の走りを見れば真実は見える。
彼が誠実で正直な人間かどうか見極めるため、期限が来るまでは静かに彼を見守ろうと思う。
もし彼が嘘をつくような人間ならば、コーチの話はなかったことにする。
まあ、何はともあれ課題を達成できるならそれに越したことはない。
頑張れよ、石田君。
一週間後の約束の日。俺は石田君に課題をクリアできたか、単刀直入に聞いた。
石田君がうつむいたまま、か細い声で答える。
1週間で20kmが課題だったが、12kmほどしか走れなかったらしい。
正直な気持ちを言うと、俺はがっかりした。
あれだけの熱意をぶつけてきた石田君なら、この課題を突破してくれると期待していた。
彼も彼なりに頑張ってはいたのだろうが、今の彼の根性は俺の求めるレベルに達してはいなかった。
だが俺は、達成できなかったと正直に打ち明けた石田君の行動に、少しだけ可能性を感じた。
嘘をついてごまかそうとしないその姿勢は、まさに誠実さの証。彼を教えることになれば、きっと俺のアドバイスをしっかりと受け取り、行動に移し成長する。
正直、コーチを引き受けても良いのではないかと思った。
しかし、ここで彼を甘やかせてしまうと、課題に本気で向き合うことが無くなり、結果として彼の成長を阻んでしまうかもしれない。
俺は仕事も、自分の練習もある。
中途半端な目的意識でやるなら、お互いのためにならない。
俺は心を鬼にして石田君に厳しい言葉をかけた。ここで立ち上がり根性を見せ、もう1度課題に挑戦してくれれば、きっと彼は殻を破れる。
俺がコーチをしたいと思えるような男になる。
そう思い発破をかけたのだが、俺の言葉は思わぬすれ違いを生んでしまった。
俺の言葉にかなりいらだったらしい。石田君は声を張り上げると、後ろを振り返らずに去ってしまった。
その日以降、石田君からの連絡は途絶えた。
石田君と別れて以来、俺の心の中にはしこりが残った。
俺の言葉が間違っていたのだろうか。何度もそう考えてしまう。
確かに、言葉は強かったかもしれない。彼が勘違いをしてしまうような言い方だったのかもしれない。
後悔の念がちらついてしまう…
しかし、1つだけ確信していることがある。
彼が課題を達成できないままコーチを引き受けても、彼は自分を超えて成長することはできない、ということだ。
目の前の壁を越えられないようでは、その先にあるさらに大きな壁を越えることなどできるはずがない。
彼には課題を乗り越えてほしかった。そしてそんな彼を指導してみたかった。
残念だが、俺がコーチとなる可能性は無さそうだな。
そう思っていると、一本の電話が入った。
電話に出ると、彼は泣きそうな声を出した。
石田君が課題に行き詰まっていると聞き、とりあえず会って話をきくことにした。
俺の顔を見るなり頭を下げる石田君。俺もこの前は少し言い過ぎた。ごめんな。
早速本題に入る。石田君は何に悩んでいるのだろうか。
どうやら、週3回目の5kmラン、週間15km突破を目指す段階になると、足が動かなくなり走れなくなってしまうらしい。
石田君の練習方法を聞いてみると、どうやらがむしゃらに走ることだけをやっているらしい。
これは走ることと平行して足の筋力もつける必要があるな。
そう感じた俺は、石田君に毎日10回でいいからスクワットをするよう教えた。
スクワットはベーシックな下半身トレーニングだが、しっかりと行うことで足の筋力、脚力を向上させられる。これを続ければ、きっと今よりも走れるはずだ。
元気よく答える石田君。この誠実さが彼の武器だ。
俺は再び、1週間後まで石田君に会わないことにした。課題の進捗はチェックせず、当日まで結果を聞かない。
以前と違い、あまり心配はしていなかった。
今の石田君なら、課題をクリアできる。彼のマラソンにかける情熱を、走りで示してくれる。
1週間後が楽しみになっていた。
そして1週間後。待ち合わせの場所に早く着いたので待っている。
石田君がやってきた。心なしか、顔つきが少し精悍になっていた。
俺は課題を達成できたか石田君に問う。答えを聞く前から、その答えは自ずと予想できた。
石田君の嬉しそうな返事を聞き、思わずテンションが上がる。やったな!おめでとう!
俺が声を駆けようとすると、石田君は言葉を続ける。
なんと、課題を5kmも上回る量のランニングを達成してのけた!すごいぞ、よくやった!
嬉しいこと言ってくれるじゃないか!5km以上走ったことがなかったのに、よくぞやり遂げた。走りきった。
俺は石田君の、マラソンへの熱い気持ちを、しっかりと受け取った。そしてこの瞬間。彼のコーチとなることを決断した。
今の彼なら、俺の本気に応えてくれる。共に大きな挑戦を乗り越えられる。
俺は思わず石田君と握手を交わす。
俺にとって初めての弟子ができた。彼に俺が持てる全てを教え、俺を超えるランナーに育て上げてみせる。
今からがスタートだ。これからたくさんの試練が待ち受けているだろう。だがどんなときも気持ちで負けずに、どんな壁も2人でぶち壊してやろう!
そう答える弟子の面構えは、頼もしかった。
<石田視点で書かれたマラソンチャレンジの第2話はこちら>
<次回(第3話)のマラソンチャレンジはこちら!>
石田のコーチを引き受けることになった易。彼が石田に送ったアドバイスがきっかけで、ある人物が石田に協力することになる。