中学生時代の燃えるような気持ちを忘れ、日々を無為に過ごしていた男、石田。
友人からの言葉とあるランナーとの出会いを経てフルマラソンへ挑戦することとなる。
これは、そんな彼のチャレンジの裏に隠された、もう一つの真実の物語である。
挑戦者 石田 悠貴(Yuki Ishida)
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本企画の主人公。中学生時代は部活に打ち込んでいたが、最近では目標に向けて努力することを怠っていた。知人に誘われ観戦した東京マラソンでランナー達の姿に感化され、フルマラソンへの挑戦を決意する。 |
<石田視点で書かれたマラソンチャレンジの第一話はこちら>
僕の名前は藤田。現在都内の大学に通っている大学生だ。
つい先日留学先のイギリスから帰国した僕は、休む間もなく就職活動とインターンシップにいそしんでいる。
藤田 敦也 (Atsuya Fujita)
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石田の大学時代の友人。インターンや就活に加え、フィットネスインストラクターやモデル業を精力的こなしている。 |
なかなか休むことができない忙しい日々を送っているが、自分の成長を実感できる場面もあり、充実している。
ある日、就活の面接がキャンセルとなり貴重な休日が手に入った。せっかくできたプライベートの時間、どう過ごしたものか。
僕はある人物と会いたいと思い、連絡した。彼の名は石田。
彼とは僕が大学2年生の頃からの仲であり、心を許せる友人の一人だ。しばらく顔を合わせていなかったので、お互いの近況を交換するために行きつけのカフェで待ち合わせることにした。
僕がカフェに入って10分ほど経った時、石田君がやってきた。
相変わらず元気そうで良かった。僕は友人との再会に高揚した。
充実した毎日を送っていた僕は、色々なことを夢中で石田君に話した。
やりたい仕事や将来の目標。それを叶えるために就活の傍らインターンでスキルを磨いていること。留学のこと・・・。
話したいことでいっぱいだった僕は、時間が経つのも忘れていた。
すると突然、石田君が口を開き小さく言った。
彼のどこか覇気の無い表情を見て、僕は愕然とした。
石田くんなら今の僕が抱いている思い、自分の成長につながる挑戦や努力に対する前向きな気持ちをわかってくれると思っていたのに。
僕は自分と石田君の間に大きな温度差を感じ、悲しくなってしまった。同時に、彼をこのままにしておけないという思いがわき起こった。
石田君がこのまま挑戦や頑張ることを避け続ければ、きっと彼の人生に悔いが残る。
大切な友人の将来を案じた僕は、心を鬼にして彼に檄を飛ばした。
すると、彼の表情が変わった。
今までの自分を変えるために、新たな挑戦を始めるという。僕の思いが少しでも伝わったのならとても嬉しい。
僕は新たな一歩を踏み出そうとする友人の挑戦を見守ることにした。
カフェでの出来事から一週間。就活やインターンに必要な時間が増え、僕は忙しい日々を過ごしていた。
やる気があるといっても、連日のハードワークはやはり身体にこたえる。家に帰ると知らぬ間に眠っていることが続いていた
そんなある日、石田君から連絡があった。
どうやら彼はランニングを新しい挑戦に選んだらしい。
走ることは体力の向上だけでなく、思考がクリアになるなどの様々な効果が期待される。僕も時間がある時に近所を走ったりしている。
なるほど、良い挑戦じゃないか。次に会ったときにどうなっているだろうか。早くも彼の変化がたのしみになる。
ところが、現実は思うようにはいかないことが多い。石田君から皇居を走ってみたという報告を受ける。僕が感想を聞いてみると。
弱音のオンパレードが返ってきた。スタートしてすぐにやめたくなってしまったようだ。
彼は本当に自分を変えられるのだろうか。ものすごく心配になってきた・・・・。
ついにこの日がやってきた。ランニングを始めて5年。ようやく夢の舞台、東京マラソンで走ることができる。
俺は易成、マラソンを愛する市民ランナーだ。
易 成(Inari)
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フルマラソンを3時間1分で走る市民ランナー。3ヶ月のランニングで10キロの減量に成功した過去を持つ。 |
大学院1年生の頃にランニングを始め、その魅力にとりつかれた人間の一人だ。
社会人になってから2年間で10kg増量した体重を、3,5か月のランニングで元通りにした経験もある。俺にとって、走ることは生活の一部、決して切り離せない存在だ。
<易さんが3.5ヶ月で10kg痩せた軌跡はこちらから!>
そんな俺が今回参加する東京マラソンは、大一番だ。
世界6大マラソン大会の1つであり、日本中のみならず世界中のランナーが集結する。さらに、東京マラソンのコースは傾斜が少なく、記録更新を狙いやすい。
これらの理由により、毎年倍率が高く、そう簡単に出場することはできない。俺も何度も応募し、ようやく出場の機会を手に入れた。
この大会での俺の目標はサブ3(2時間台でのゴール)。
市民ランナーにとってサブ3の達成は大きな目標の一つだ。
緊張のせいか、昨夜はあまり眠れなかった。だが俺は、この日のために仕事の合間を縫って血のにじむような努力を重ねてきた。やってやる。
しかし、天候はランナーの味方になってはくれないらしい。土砂降りの雨、骨身にしみるような強風。マラソンとの相性は最悪だ。
追い打ちをかけるようにトラブルが発生する。直前になってスタート地点が変わってしまった。
個人を識別するリストバンドをつけ忘れたのが原因で、当初のスタート地点だった第2ゲートから第3ゲートへの移動を余儀なくされた。
ぎりぎりでスタート地点が変わるのは痛い。なんとか間に合ったが、初めての東京マラソンは波乱の幕開けだ。
しかし、弱音を吐いている暇は無い。俺が持てる力の全てを出し切り、サブ3を達成してみせる。深呼吸をして集中する。スタートの合図がなる。
さあ、戦いの始まりだ。
出だしは上々。
決して走りやすい天気では無いが、身体はいつも通りの感覚だ。雨に打たれながら、前へと突き進む。
コースは走りやすいので、良いペースを保てている。練習の成果が出ているな、サブ3も射程範囲だ。
ところが、東京マラソンには魔物が潜んでいた。35kmを越えたあたりから、思うように走れなくなってきた。
雨風で身体が冷え切ったのか、なかなかペースを上げられない。
エネルギー消費が激しかったのか、空腹感に襲われる。
レース後半の疲労も相まって、一歩進むごとに身体が重くなっていく。こんなに辛いマラソンは初めてかもしれない。
サブ3はもう無理だと、心が折れかけてしまった。そんなときにふと今までの練習を思い出し、最後まで懸命に走ろうと、なんとか気持ちを奮い立たせる。ゴールまであと少しだ。
結果は、3時間1分53秒。自己ベストは更新したが、サブ3にはわずかに届かなかった。あと少しだったのに。
ちくしょう。
目標との差がわずかな時ほど、悔しさが大きくなる。
コンディションが最悪だったとはいえ、達成できなかったことには変わりは無い。まだまだ練習が必要だな。
<東京マラソンのコースや雰囲気をもっと詳しく知りたい人はこちらへ!>
<今回の東京マラソンの敗因分析をまとめた記事はこちら!>
ゴール直後の達成感や悔しさは一瞬で過ぎ去っていった。
あまりの寒さに震えが止まらなかったからだ。
走り終わったばかりだというのに身体は凍えている。電話もろくに操作できない。こんな状況で走っていたのか・・・。
今になって実感する。
身体の感覚が戻ってきたので、応援に来てくれていたという知人と合流する。
雨だったにもかかわらず駆けつけてくれたのは嬉しかった。ランナーにとっては沿道の声援が力になる。
応援の声やハイタッチにいつも元気をもらっている。今回は悪天候のせいもあってかいつもより応援の数が少なく寂しさを感じた。
知人と合流すると、彼のそばに見知らぬ青年が立っていた。どうやら東京マラソンの観戦に誘われてやって来たらしい。
生でマラソンの大会を見るのは初めてのようだ。
名前は、石田君か…。彼がマラソンの話を聞きたいようなので、知人と一緒に俺の家へ招待した。
この石田君、俺への質問が止まらない。
「マラソンはどれぐらいやられているんですか?」「普段の練習メニューはどんな感じですか?」「マラソンの魅力は何ですか?」
彼の勢いに圧倒されながらも、一つ一つ丁寧に答える。
しかし、マラソンをやっているわけでもない彼がなぜこんなにも熱心に俺の話を聞くのだろうか。
疑問に思っていると、石田君が真剣な表情でこう言った。
なるほど、だから熱心に俺に質問していたのか。いきなりのことで驚いたが、ランナーの同士が増えるのは喜ばしい。
石田君の宣言にテンションが上がっていると、彼が、
と尋ねる。
何でも言ってくれと答えると、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
石田君の突然の言葉に、少し戸惑う。
彼の表情から察するに、マラソンに挑戦したいというのは本心だろう。
だが、マラソンは口だけの熱意でどうにかできるほど甘くはない。立派なことを言うだけで、実行に移さない人間は多い。
俺がコーチとなるなら、持っている熱意を実行に移せる人間に教えたい。
そして俺が教えるからには、石田君には是非俺を超えてもらいたい。
俺は本格的にマラソンの練習を始めてから10か月ほどでサブ4を達成した。俺がコーチをする場合、石田君には半年後の北海道マラソンでのサブ4達成を目指してもらう。
初心者が半年間でサブ4。
決して簡単な目標ではないが、自分を本気で変えたいというのならば、高い目標を掲げるのは当然だ。
俺は自分の考えを石田君に話す。
彼は困惑したような表情をしている。無理もない。
マラソン未経験の彼にとって、サブ4は未知の領域だ。
だがここでへこたれるようでは、彼の「自分を変える」という目標は叶えられないだろう。
俺は石田君に1日おきに5km走り、1週間で20kmランを達成することを石田君に課した。
これを達成できなければ、コーチを引き受けることは難しい。
石田君の返事はない。
この課題が達成できなければ、半年後にサブ4を達成できる可能性は低い。マラソンへの熱意を語っていた彼の本気を、根性を、走りで示してほしい。
俺は石田君に覚悟を見せてくれと問う。
少しの沈黙の後、石田君が口を開く。
力強い言葉を聞き、少し安心する。彼の熱い思いが、行動を伴ったものであると証明されることを願う。
まだどうなるかはわからないが、ひとまずは彼の挑戦を見守ろう。
<石田視点で書かれたマラソンチャレンジの第一話はこちら>
<次回のマラソンチャレンジはこちら!>
石田の本気度を見極めるべく、彼に課題を出す易。石田の姿に何を見るのか?